人生を辿る旅

高校のクラスの同窓会のために鹿児島に帰ることになった。

里帰り出産依頼なので鹿児島に帰るのは7年ぶり。

あまり帰る機会もないので、自分の人生の足跡を辿ることにした。

生家があった場所。清水町。

横断歩道を渡るとタイヨー(地元のスーパー)。

通っていた小学校。小学校時代の私は、人見知りの引っ込み思案。

人と比べて自信が持てなかったり、自己肯定感の低い子どもだった。

持久走大会の時、父はいつもこの場所で応援してくれていた。

持久走大会の朝は決まってお餅。(粘りが出るかららしい。笑)

目の前にあった中学校。

学校前の公衆電話はまだあった。

子供時代、家族でよく行っていた温泉。鹿児島は温泉が所々に湧いている。

処方箋薬局が併設されていた。隣にはクリニック。とても最高だと思う。

温泉から出るとおじいちゃんが「スカッとした顔してるねえ〜」と話しかけてくれた。

人と人の距離の近さは鹿児島ならでは。ホッとする。

お昼ごはんは、鹿児島のソウルフード、鹿児島王将。

天津飯がおいしい。ニラレバも唐揚げも。

誕生日は、必ず焼肉なべしま。誕生日カードが来てプレゼントがもらえるのだ。

ソフトクリームもサービス。「夢に味がある。」ってキャッチコピー秀逸すぎ。

礼節に厳しく、部活が盛んだった鹿児島女子高等学校。

部活は大変だったけど、学校生活は最高に楽しかった。

春高バレーに出場できたのはいい思い出。

通学路にあった護国神社。毎日通る度にお参りしてた。

目の前には鹿児島工業高校。(弟の高校)

鹿女子の子はだいたい工業か商業の人と付き合っていた気がする。笑

夜は高校のクラスの同窓会。みんな変わらないね…って22年経ってる。笑

あの頃、「どんな人と結婚するんだろうね?」「子供何人だろうね?」

なんて、毎日妄想話をしていたのが懐かしい…

いつの間にか20年経って、みんなちゃんとそれぞれの人生を歩んでいた。

ほとんどの子が20年以上ぶりだったけど、一瞬で高校時代にタイムスリップしたような

心地よくて楽しい時間。こんなに気を遣わずに笑い合える仲間はなかなかつくれないよなって思う。

私が起業したことを言うと、みんなが口を揃えて「あの優子が…」と言う。

自分でもそう思う。笑 だってあの頃は部活で疲れすぎて授業中ほとんど寝てたし(汗)

そもそもいろいろ抜けててそんなリーダーや企業のトップになるような性格でも人格でもないのだ。笑

それを思い出して、なんだかちょっとホッとした。笑

本当に今の私、よく頑張ってると思う。無理しなくていいのだ。笑

でも、人生は本当にわからない。そんな私でも起業するんだから。

覚悟を決めて起業をしようと思えたのは、今まで出会った患者さんたちが私に生きる意味を与えてくれたから。もっといい看護をしたいって、もっといい看護ができる環境をつくりたいって、たくさん勉強して、たくさん行動して、たくさん失敗して、たくさんチャレンジできるのは、やっぱり患者さん・ご家族との出会いのおかげだし、これからも恩返しできるようにがんばりたい。

みんなそれぞれの場所で、それぞれの人生を歩んでいた。

当たり前のことなんだけど、それがとってもうれしかった。

また、みんなで集まろうね。

鹿児島は、灰が降っていて、硫黄のにおいがした。

今回、自分のルーツを辿ってみた。過去の自分があって、今があって、未来がある。

あの場所に帰ると、いろんな自分がいた。あんまり好きじゃなかった自分もいた。

でもそんな自分のひとつひとつが今の自分をつくってくれたのだと思う。

とにかく私は、ずっと昔から、ずっとずっと一生懸命生きてたなって思う。

そんな足跡を辿って、その足跡を一緒に歩んだ仲間に会えて、とっても元気がでた鹿児島旅。

桜島を見るとホッとする。やっぱり私の故郷は鹿児島なのだ。

いつか鹿児島で仕事ができるようにがんばろう。

そして、私たちが訪問看護で出会うひとりひとりにもかけがえのない人生のルーツがある。

利用者さん、一人ひとりの人生のルーツをどれだけていねいに聴けているだろうか。

一人ひとりの人生の足跡を大切にできる訪問看護でありたいと、改めて思いました。

また、みんなに会える日を楽しみに、6月もがんばろう。

おまけ:おばあちゃんがよく連れて行ってくれた山形屋の地下にあるジュース屋さん。

ミックスジュースがおいしかった。